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脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線 『脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線』

ノーマン・ドイジ著

紀伊国屋書店

2016年

大著、である。索引まで入れると591頁。
しかし、パラパラとめくったときに、どうしても読みたい部分があり、購入した。
(それに、ページ数を考えれば、3000円+税というのは、破格の安さだ)。

知らなかったこと、が明確になって特に本の前半は、たくさんの示唆に富んでいた。
後半は、専門的な道具が必要となるという点で、思想は同じだが私自身の実践には使えないという点で、ちょっと残念だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P.74
Eメールのやり取りをしているうちに、彼はパーキンソン病が完治したと主張したいのではなく、
歩行トレーニングを続けている限り、運動に関するパーキンソン病の主要な症状を逆転できると主張
したいということがわかった。きわめて有効な変化が得られたため、パーキンソン病の主要な症状の
影響を受けずに済み、十全な日常生活を送れるようになったのだ。「他のパーキンソン患者にも役に
立つはずの、この情報をひとりで握ったまま死にたくはありません」と書かれていた。

→これは、南アフリカ共和国で、パーキンソン病を患った男性(ジョン・ペッパー)が、運動と感覚訓練で自身のパーキンソン病の進行を食い止め、改善させたという話である。
彼は、医師でも医療スタッフでもなく、ただ患者として、歩行という素朴な運動をすることによって、神経可塑的変化を引き起こし、抗パーキンソン薬も服用することなしに、QOL(quality of Life)を保っている。
このことは、私にはかなりの衝撃だった。
私には身近にパーキンソン病の患者がいる。私に、解剖生理学の授業を回してくださったのは、K先生で、その先生は、パーキンソン病が進行して授業が続けられないので、という理由でリタイヤし、私にその講義をするように連絡してきたのだった。
5年ほど前にお会いしたK先生は小刻みに歩行し、何かしようとすると、足がすくみ、手は震えていた。書字も小さくなってしまい、声も抑揚がなく聞き取りにくいものとなった。
薬は発症当初は効いたが、だんだん効きにくくなっているとのことだった。
抑うつ、軽度の認知症状などにも悩まされているようだった。
私は先生のために、パーキンソン病について勉強して、先生とディスカッションを重ねた。
太極拳が良いときけば、簡単に手ほどきしたりしていた。
しかし、劇的な回復は見込まれず、徐々に疎遠となって現在に至る。
パーキンソン病の患者と連絡を取るのは難しい。小さな作業(キーボードを打つなど)ができないので、メールは難しいし、連絡を取った時間が「ON」の時間でなければ、相手に負担をかけてしまう。そして、その「ON」の時間は徐々に短くなっていくのである。以前はメールでやり取りしていたが、最後のほうでは、先生はメールが打てなくなっていた。
そのパーキンソン病が、治癒する???
半信半疑で読み進めたが、これはすごい。

P.141
経験的に考えても、学習と運動の組み合わせは優良な効果をもたらすように思われる。中年に差し掛かって脳が衰え始めるにつれ、運動の重要性は減るのではなく増す。脳の衰退プロセスを打ち消す数少ない手段の一つが運動なのだ。この理解はますます重要になりつつある。というのも、今日では多くの人々が、一日中コンピューターの前ですわりっぱなしの生活を送っているからだ。すわりがちの生活が、心臓病だけではなく、がん、糖尿病、神経変性疾患を導く重要な危険因子であることは、さまざまな研究によって示されている。万能薬が存在するのなら、それは歩行である。


→しかし、「歩行」といっても、ここでは漫然と歩くことは推奨していないのが、肝である。いかに意識して、感覚を育てつつ歩くか。本当に、私が常々考えていたことで、嬉しくなってしまう。

P.148
このように、ドーパミンはパーキンソン病に関連する少なくとも三つの特徴を持つ。第一に、動こうとする動機を高める。第二に、その動作を促進して、迅速に行なえるようにする。第三に、その動作に関与する神経回路を神経可塑的に強化し、次回はそれをより楽に行なえるようにする。


P.167
エドワード・タウブが示すところによれば、脳卒中患者は、この期間に麻痺した腕を動かそうとしても動かせないという経験を何度もすると、腕がもはや機能しないと「学習し」、もっぱら麻痺していないほうの腕を使い始める。使わなければ失われる脳においては、麻痺した腕に対応するダメージを負った神経回路は、さらに衰弱していく。タウブは機能しているほうの腕を使えないようギブスやつり包帯で固定すると、次第に激しさを増す集中的なトレーニングによって、麻痺した腕が数十年後ですら機能を回復しえることを証明した。


→エドワード・タウブ!! 私にとっては懐かしい名前だ。獣医倫理学や動物愛護をやってる人間にとっては、タウブの事例は有名すぎる。
まあ、それはいい。ここで重要なのは「不使用の学習」という言葉だ。脳は使っていない身体の部位は、「ないもの」として扱うわけで、使わなければだめになるのである。

後半のすごいところは、フェルデンクライスについての記述である。
フェルデンクライスについては、身体について興味のある人間なら一度は耳にした名前であろう。かくいう私も、名前は知ってるけど、本は難しくていやだなあと遠巻きに見ていた。アレクサンダーテクニック、ロルフィング、そして、フェルデンクライスメソッド。この三つは避けて通れないが、本格的に教えてくれる場所がない(あっても、都会のみ)、理解している人が少ない、紹介している良書が少ない(もしくは、未読なだけだろうが)という理由で、私は遠巻きに見ていた。アレクサンダーテクニック(テクニーク)については、第一人者の女性と懇意だったにも関わらず・・・である。今思うともったいない。(私は院生時代、彼女の解剖学助手として各セミナーに無料で参加させてもらっていたが、それでも理解には至らなかった)。

この本では、フェルデンクライスについて、超わかりやすく解説している。もう、涙が出るほど面白かった。そして、フェルデンクライスが、「柔道」家ということで、一気に距離が縮まったんである。

P.257
一九二九年、彼は『柔術と自己防御(Jiu-jitsu and Self-Defense)』という題の、ヘブライ語で書いた本を仲間に回覧した。これは彼が書いた、素手による戦闘に関する多くの著書の、最初の一冊である。この本は、誕生しつつあったユダヤ国家の軍隊を訓練するために用いられた最初の自己防御マニュアルになった。


→うわ。クラブマガの基本的なものを作ったのが、フェルデンクライス? ホント?驚くばかりである。そして、フェルデンクライスへの興味は一気に盛り上がった。

P.269
フェルデンクライスは自著『フェルデンクライス身体訓練法――からだからこころをひらく』で、
次のように述べている。「鉄の棒を持っているときには、ハエがそこに止まったのか、そこから飛び
立ったのかの違いを感じることはできない。しかし、持っているのが羽なら、その違いを感じられるは
ずだ。それと同じことは、聴覚、視覚、嗅覚、味覚、温度に対する感覚など、あらゆる感覚に当ては
まる」。感覚刺激が音量を目一杯あげた音楽のように非常に強い場合、相応に変化の度合いが大
きくなければ、私たちはそのレベルが変わったことに気づかない。しかし、刺激がもともと小さければ、
わずかな変化にも気づく。(生理学では、この現象はヴェーバー・フェヒナーの法則と呼ばれる。)フェルデ
ンクライスはATMのクラスで、ごく小さい動作によって感覚に刺激を与えるよう、生徒に教えてい
た。小さな刺激は感受性を劇的に向上させ、それはやがて身体の動きの変化へとつながる。


→これは、目からウロコ。めっちゃウロコ。師匠がやったあることが、ピタリと当てはまって、私はめっちゃ腑に落ちたんである。
実は、師匠にそれをされてから、自分のメソッドにも、「微小感覚刺激」を取り入れている。めっちゃ良い!

P.275
フェルデンクライスは、「熟達した柔道家はつねにリラックスしている」「正しい動作をするときには、特
定の筋肉が他の筋肉より強く収縮することはない。(・・・・・・)その感覚は、努力をともなわない行為の
ときの感覚t同じものである」ということを嘉納から学んだ。柔道家は、全身が協調しながら動く限
り、あるいはフェルデンクライスの言葉を借りると、よりよく「組織化」される限り、相手より剛腕
である必要はない。


→ちなみにここで、「嘉納」と出てくるのは、嘉納治五郎である。フェルデンクライスは、ヨーロッパで1933年に嘉納治五郎に出会い、ヨーロッパ人で初めて黒帯を貰った十数人の一人となった。1933年とは、ナチスドイツが政権をとった年である。

P.286
フェルデンクライスが用いる、損傷した脳の学習を支援するもっとも重要な方法の一つは、生徒の
神経系を自分の身体で感じ、比べ、特定することであった。触覚は彼にとってつねに重要だった。な
ぜなら彼は、自己の神経系が他者の神経系と結びつくときに、一つのシステムが形成されると考えて
いたからだ。「新たな全体(・・・・・・)新たな実体。(・・・・・・)触る者も触られる者も、たとえ何が起こって
いるのかを理解できなかったとしても、つないだ手を通じて、ともに感じるものを感じる。触れられた
者は、触る者が何を感じているかに気づき、頭で理解せずに、自分に必要とされていると感じるもの

P.287
に合わせて自らのシステム構成(コンフィグレーション)を変える。私は触るとき、触る相手から何も求めない。触られた相手
が何を欲しているかを(相手がそれを知っているか否かにかかわらず)、また、相手が気分よく感じるた
めには、その瞬間に自分に何ができるかをただ感じ取るだけである」。


→これを読んだとき、私の脳裏に浮かんだのは野口整体の在り方である。もしかして、野口整体の方法論は、意外なところでフェルデンクライスメソッドとつながっているのかもしれない。野口整体に関しては、いくら野口晴哉先生の本を読んでもよくわからないのだが、もしかしたら、フェルデンクライスを読めば、理解の糸口があるかもしれない。
 続く第六章では、「視覚障害者が見ることを学ぶ」。その中のいくつかの方法論を抜粋してみよう。

P.322
第一の訓練としてリンボチェは、「一日に数時間、青みがかった黒を思い浮かべながら瞑想しなさ
い。それは真夜中の空の色であり、目の筋肉を完全にリラックスさせる唯一の色なのです。この方法
で、粉砕された目が治癒した例もあります。足を床につけて仰向けになり、膝を天井に向け、両手を
静かに腹の上に置きなさい」と指示した。この姿勢は腰と首の緊張を和らげ、より自由な呼吸を可能
にする。瞑想するあいだ、てのひらで目を覆い、さらに目の筋肉をリラックスさせることができる。
しかしウェーバーによれば、この視覚化による瞑想の力点は、「静穏で広々とした心の状態」を得るこ
とにある。
 第二にリンボチェは、「目を上下左右斜めに動かし、そして回転させなさい」と指示した。

P.323
 第三にリンボチェは、「頻繁にまばたきしなさい」と指示した。
 最後にリンボチェは、「空に低くかかる朝か夕方の太陽に対して四五度の角度ですわってまぶたを
閉じ、目の日光浴をするつもりで、一日に一〇分から二〇分、暖かさと光がすべての組織を貫くよう
目を太陽にさらしなさい」と言った。


→私は、実は以前に重篤な緑内障を抱えていた。医原性のものだ。医者は信用していない。自分で投薬なしに今まできた。診断した医者は、「このままだと」とお決まりの脅しをかけてきたが。治癒したかどうかわからないが、医師には分からないことがたくさんあるのだとわかった。現在でも治癒していないかもしれず、私の人生はある意味で失明と隣り合わせでもあって、こういう方法論を知ってることは大変心強い。

後半は電気刺激、音などの驚異的な治癒の力が記述されるが、実生活で使うことはできないので、割愛した。
(読み物としては、刺激的であった!)
フェルデンクライスと、脳に関する書物を次に読むべきだと改めて思った。





2017/01/14(土) 13:14 身体論 PERMALINK
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